ドッツァ、ブリジゲッラ:ボローニャでサンジョベーゼ・ワイン発見

イタリア北部のエミリア・ロマーニャ州はポー川とアペニン山脈に挟まれた地域。この地域で人気があるのはボローニャ、パルマ、リミニ、そしてラベンナですが、夏には海辺の町々がイタリアの人々でにぎわいます。しかし、おすすめはこれだけではありません。ここに紹介するドッツァ、ブリジゲッラというもっと素敵な街もあります。ここで、その秘密に迫ります。

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アーチストによって彩られた壁:ドッツァ

 

ドッツァの壁画とその他の名所・名物

丘と中世にまでさかのぼるプライドに囲まれたドッツァ。今日では1965年から続くある催し物を2年に1回開催して、注目を集めています。それはアートのフェスティバルですが、その期間中、国際的に活躍するアーティストや地元のアーティストが家々に壁画を描き、ドッツァの町中が展覧会の会場となります。

狭いながらも歴史を感じさせる町の中心を通り抜けると、教会が見えてきます。15世紀にまでさかのぼるその教会ではマルコ・パルメツァーノの手によるアート・ワークも鑑賞できます。そして、ロマーニャの食を楽しむなら、9月の第1週に開催されるフェスタ・デル・アルツドーレがおススメです。トルテッリーニ、タリアテッレなどのパスタと緑のラザニアがご当地の名物。モルタデッラ(ソーセージ)、ラグー(煮込みソース)、フォルマッジオ・ディ・フォッサ(チーズ)もお忘れなく。

ラモーネ・バレー、ブリジゲッラ

Brisighella homes
目にも楽しいブリジゲッラ

マジナルド・パガーニによって創立されたブリジゲッラの町には三つの高台があり、それぞれに名所があります。マンフレディアン・ロック、モンテチーノ・サンクチュアリ、時計塔がそれです。そして要塞がビア・デル・ボルゴまたはビア・デグリ・アシーニ(ロバの道)として知られるメイン・ストリート近くの古い教会に対してそびえ立っています。また、チベリアコのサンタ・マリア教会、オッターボのサン・ジョバンニ教会を訪れてみてください。両教会とも、長年の間に改築、修復を経ているものの一千年以上もの歴史がある建物です。近年、ブリジゲッラは住みやすく、イタリアでもっとも美しいとされる町として知られるようになり、初夏に開催される中世をモチーフとした祭りの時期には多くの観光客が訪れます。

さて、ブリジゲッラには、もう一つ重要な産物があります。ブリジゲーロと呼ばれるオリーブ・オイルがそれですが、イタリアでもPDO(原産地名称保護制度)認可製品としてされている名物です。ここのオリーブ・オイルの木は、独特の味わいを醸すバラエティに富んだ地域特有のもので、これからできるオイルは心地よい苦味を持っています。これはこの土地の粘土質からくる特徴です。11月の最後の週には町主催のオリーブ・オイル祭りが開かれます。オリーブ・オイル好きにはたまらない祭りです。

サンジョベーゼ・ワイン

ドッツアとブリジゲッラでは質の高いワインの生産と販売促進のためフェスティバルを開催しています。“Jov(ヨーウェ/ジュピター)の血”の意を持つ赤ブドウ、サンジョベーゼ。エミリア・ロマーニャには他にランブルスコなどのワインがありますが、その高い品質によって、この地域の代表とされるのがサンジョベーゼからできるワインです。酸味の強い、飾り気のない素朴な味わいのフルボディこそがサンジョベーゼ・ワインの真骨頂。イタリア料理の典型であるパスタや加工肉によく合います。また、組合せや産地によってはローストや燻製の料理にも。

イタリアに人が定住するようになって以来、バラエティに富んだサンジョベーゼ・グレープが植えられてきました。それから造られるワインは産地によってそれぞれの特徴を持っていますが、皆、完璧な酸味のバランス、タンニンの量、色彩という点で共通しています。果実のテイスト、飲んだ後に残るハーブのアロマ、高いアルコール濃度もサンジョベーゼの特徴です。

 

 

ボローニャのドゥカティ・ミュージアム:みんな楽しめます!

ボローニャの文化と料理に触れたら、次は、現在イタリアのモーター・サイクル技術とスタイルの両面で、その頂点にあるドゥカティ・ミュージアムとその工場の見学がおススメです。ドゥカティ1946年からバイクを作り続けるバイク・メーカー。そのドゥカティの博物館は本部工場にあり、70年もの長きにわたり、そのバイクがどのように発展したかを垣間見ることができます。いわゆる従来の古臭い博物館とは違い、数々の賞を受賞したモダンな展示で老いも若きも魅了する必見の博物館。見逃せないアトラクションです。

ドゥカティ・ミュージアム・コレクション

ミュージアムは1998年に開館され、光のイルミネーションによるレース・トラックをモチーフに、ドゥカティの歴史上代表的な33台のバイクが展示されています。レース・トラックの展示を見終わった後は、7つのテーマに分けられた部屋へ。そこではドゥカティ・ブランドの今と将来のすべて -ドゥカティの歴史、重要な発明、そしてバイク製造に至るまでの30年の概略 - をご覧になれます。ドゥカティが誇るレースの歴史そしてその歴史を作り上げた人々の紹介も展示されています。

ドゥカティを彩る物語は第二次大戦直後1946年に生産(設計はアルド・ファリネッリ)されたバイク、「クッチョロ」(イタリア語で「子犬」!)から始まります。当時は経済復興のために安価な交通手段の需要が切実な時期でもありました。このような時代に生まれたクッチョロは、普通の自転車に非常に経済的な4ストロークエンジンをつけただけのものでした。しかしながら、クッチョロは大人二人を乗せて近辺ののぼり坂、下り坂のアップダウンを走行できるパワーを持ってたのです。クッチョロの次にご覧になるのは自動二輪業界をしてドゥカティを羨望の的とせしめ、スーパー・バイク・ワールド・チャンピオンシップで数々のタイトルをもたらした発明・開発の展示です。そして、最後を締めくくるのはデスモセディチ。ドゥカティのニュー・ジェネレーション・レース・エンジンを搭載したマシンです。

工場とミュージアムのツアー

工場とミュージアムのツアーは日に4回、ドゥカティのガイドによって引率され、事前の予約が必要となります。月曜から金曜までの見学が可能ですが、土曜日はDOC(ドゥカティ・オーナーズ・クラブ)会員のみ対象となります。時間は9時15分、11時、13時45分、15時30分、料金は10ユーロ。予約受付は、www.ducati.com または電話 +39(0)516413343で。

アクセス・交通手段:

ボローニャはイタリアの各地から電車、飛行機、車で容易にアクセスできます。フローレンスからたったの1時間、ミラノ、ベニスから2時間、ローマからは3時間半。飛行機の場合、ボローニャの空港から工場はタクシーで10分のところにあります。ボローニャの中心部からなら、郊外を走る電車が便利。約1ユーロで10分先の駅で降り、そこからタクシーに乗り継ぎ工場へ。また同じボローニャの中心部からの場合、乗り換えと時間がかかりますが(40分)バスもあります。ボルゴ・パニガーレの停留所が目的地で、停留所から200メートルのところにドゥカティがあります。乗り換えは、36番または39番のVia Lame 行きバスに乗り、13番のボルゴ・パニガーレ行きに乗り換えます。

 ボローニャのドゥカティ・ツアー

予約の手間や電車、バスなどの公共交通機関での移動を避けたい方に、エミリア デリツィアでは運転手付のドゥカティ・ミュージアムと工場見学のツアーをご用意しております。私どもで、予約手続きを行い、車でご案内いたします。このエリアにあるスーパー・カーの工場、博物館見学と合わせることもできます。

 

ドゥカティ・ミュージアムのスーパー・バイク・コレクション

ボローニャの午後の散策

イタリアの北東に位置するエミリア・ロマーニャ州、ボローニャ。中世にまでさかのぼるその歴史と世界最古の大学の街として人々を魅了します。ビジネス、観光を問わず、この町を訪れたら、是非、数ある名所から二、三箇所だけでも見てください。町の中心は、コンパクトにまとまっており午後の時間に、最も興味をそそる名所をカンタンに最低でも3つは見ることができます。まずは、マッジョオーレ広場(Piazza Maggiore)のツーリスト・インフォ・センターで無料マップを手に入れましょう。そこから、あなたのツアーが始まります。

Twin towers, Bologna

聖ペトロニオ大聖堂:町の中心部であるマッジョオーレ広場から歩いていける距離にあります。ヨーロッパでも6番目の規模とされる壮大なゴシック建築の手本ともいえるこの建造物。町の守護聖人の名を冠するこの大聖堂には興味深い歴史があります。実は、建設の途中でオリジナルのデザインが変更になり、ラテン・十字形が提案されました。これにはローマはバチカンの聖ピエトロ寺院の威風を凌駕しようとする目的があったのです。しかし、この変更は実現しませんでした。一説には当時の法王ピウス4世がバチカンの大聖堂である聖ピエトロのその威光がかすんでしまうことを嫌い、即座に変更案を却下したためとも伝えられています。とはいうものの、奥行き132メートル、幅66メートルの規模の聖ペトロニオはやはり壮大です。ただ、残念で成らないのは、赤大理石のファサード(建物の正面)が未完のままであることです。22ある大聖堂内の教会、鐘楼も訪れてください。2台の歴史あるオルガン、左側舗装通路にある世界最大の日時計もお忘れなく。

 アッシネリの斜塔:大聖堂の後に行く町のシンボルである二つの斜塔は、歩いてすぐのポルタ・ラベニャーナ広場にあります。何世紀も前には百を超える同じような防衛用の塔がありました。高さはまちまちで、荘厳な塔はボローニャの空との境界線を形取っていました。悲しいことに、今では20足らずの塔だけが現存しているだけになってしまいました。町のシンボルである二つの塔の一つ、アッシネリの斜塔は一番高く、揺らめきながらもその高さは97.2メートルにも及び、空にそびえ立っています。しかし今では、年を重ね老人のように傾いています。斜塔は公開されていて、中にある500段もの使い込まれた木製の階段を登り切るとボローニャでも最高の絶景を見ることができます。大変な数の会談ですが、自分のペースで休み休み上れば、難しいことではありません。もうひとつの斜塔で小さい方のガリセンダは元々60メートルありましたが、14世紀になり塔の基礎が不安定になり、低くされました。今では48メートルの高さで、傾きもひどくなっています。そのため、公開はされていません。では、次にボローニャ大学にご案内しますが、そこではブキミなアトラクションがあります。

 

最古の大学、ボローニャ大学の解剖室

この部屋は、その円形劇場ににた形から「解剖劇場」(Anatomy Theatre)として知られ、1600年代に作られたとされています。ほとんどが木製(マツ科トウヒからとれた木材)で学生のための解剖の講義で使用されました。今でも講義室の中央に往時を偲ばせる解剖が行われた大理石のテーブルを見ることができます。そして、教室の壁に沿って置かれているのは、ヒポクラテスをはじめとする古代の有名な医学者たちの木製の彫像です。実は、残念なことにこの教室は第二次世界大戦中、1944年の空襲によってほとんど全壊に違い状態となりました。今ある教室は、残された写真をもとに、できるだけ瓦礫のから見つかったオリジナルの残がいを使用して復元されたものです。ここは人々の興味をひきつけてやまない名所で、たとえ医学史に興味がない方でも一見の価値ありです。

パルマ・ハムをめぐるツアー -イタリアのグルメの都でプロシュット工場見学

エミリア デリツィア ではグルメ料理ツアーとして、パルマ・ハム生産者を訪ねてランギラーノにお連れいたします。伝統的なプロシュット・ディ・パルマは骨付きで塩漬けによる保存処理がなされます。材料は、豚の脚、塩、そして適度な環境を保った部屋。それと忍耐と塩振り職人の腕です。ツアーでは、ハム工場を詳しく探訪し、それぞれの工程についてご紹介いたします。

イタリア、パルマのプロシュット・ディ・パルマ工場

 ツアーではパルマ・ハムがどのように作られるかご覧いただけます。

パルマ・ハムにはイタリア生まれ・イタリア育ちの大型豚の後ろ足が使用されます。豚はパルマ・ハム協会指定の厳選された飼料を与えられます。ちなみにこの飼料にはパルミジャーノ・レッジャーノの生産時にできるホエー(乳清)とよばれるものも含まれます。そして、豚の脚はパルマ県ランギラーノに送られ、そこで有名なパルマ・ハムとなるのです。工場に着いたら、すぐ塩漬け作業が始まります。一度、塩漬けされた脚は冷蔵室に5日間保管されます。この間、肉から水分が除去され、塩が吸収されます。次に、肉は洗われ再び冷蔵室に保管されます。今回は、より低温での保管となり、氷つく温度より少し上の温度が使用されます。ハム製造業者は、世界的にも有名なパルマ・ハム特有の甘い塩漬け処理をするために、できるだけ塩の使用量を抑えます。

熟成前の工程には約100日間かかります。その後、脚は、いわば「マニキュア」要するに余分な赤身、脂肪、骨の除去がなされ、パルマ・ハムの典型的な梨型になります。ここから、さらにハムは保管庫で12ヶ月寝かされます。そして、その後、それぞれのハムにつきパルマ・ハム協会の公認のため馬の骨を尖らした専用の針による検査が行われます。試験針は悪くなりやすいハムの重要な5箇所に挿入され、検査官は針を抜き取った後においを確認します。合格したハムは、モデナ大公の紋章である5つ星の王冠印が与えられ、そして世界になだたるハムとなるのです。

 エミリア デリツィアとパルマ・プロシュット・ツアー

エミリア デリツィアでは、終日続く3つのグルメ・フード・ツアーでパルマの生産者の見学を企画しております。出発は、通常パルマ、モデナまたはボローニャとなります。ご自分での運転でのセルフ・ドライブ・ツアーまたは英語が通じる運転手付のツアーで、グルメな昼食がつきます。昼食は、見学対象の工場から仕入れたパルマ・ハムのテイスティングを含む豪華な3つのコース料理となります。コースには、トルテッリ・アラ・パルミジャーナ(具入り卵パスタ)、自家製デザートが含まれ、コーヒーと食後酒も楽しめます。

 

モデナでトラディショナル・バルサミコ・ビネガーを訪ねるツアー

エミリア デリツィアでは伝統的な「アチェッタイア」と呼ばれるバルサミコ・ビネガーの生産者をめぐるツアーをご用意しております。訪れる人々は大抵、大量生産の、いわゆる「普通」のバルサミコ・ビネガーとモデナやレッジョ・エミリアの個人経営によって生産されたPOD制度(原産地名称保護制度)認可のトラディショナル・スタイルのバルサミコ・ビネガーの違いに驚かされます。伝統的に、新しいバルサミコ・ビネガー造りは女の子が生まれたときに行われ、そうしてできたビネガーは、その女の子が成長し、嫁ぐ際に持参金代わりとして嫁ぎ先に持ち込まれるものでした。数世紀もの間、アチェート・バルサミコ(aceto balsamico:バルサミコ・ビネガーの正式な名)は家庭だけで使われるだけで、たまに大切な客に振舞われる程度でした。また、モデナ公は自らのビネガー貯蔵庫を宮殿の屋根裏に所有し、モデナの公爵家を訪れた重要なゲストは、その黒い黄金とも称されるビネガーがもたらす喜びに触れることができたといわれています。私どもがご提供するツアーでは、伝統的な手法のなかでもその最たるもので「黒い蜜」を少量生産している個人所有の農園とその屋敷にご案内いたします。

モデナでのバルサミコ・ビネガー造り

モデナ伝統のバルサミコ・ビネガー造りはオーガニックのブドウの果汁(ムスト)を24時間煮て30%にまで煮詰めるところから始まります。こうすることによって、果汁に含まれる糖分が凝縮されます。ここで大切なのは、液体中に元から含まれる良い菌を殺してしまわないことです。この作業は収穫期である9月から10月に行われますが、ランブルスコまたはトレッビアーノ産のブドウからムストが搾られます。次にビネガーをねかせるための樽を用意します。大樽は、小さい樽に比べ4から5、6倍づつ大きく、アカシア、トネリコ、栗、クワ、桜の木などのさまざまな木でできていて、樽によってそれぞれ違います。

秋のこの時点から、最低でも12年もの歳月をかけて一つ前の樽から次の樽へと蒸発したムストを注ぎ足す、または二つ前の樽から一つ前の樽へと注ぎ足すなどの工程が繰り返され、こうした手間ひまは大樽に新鮮なムストが最後に足されるまで続きます。できたビネガーは、「若いバルサミコ」となるだけでも最低12年間は樽の中でねかされます。

 トラディショナル・バルサミコ・ビネガーの使い方

味わい、風味が自然に凝縮されてできた貴重な「黒い蜜」。バルサミコ・ビネガーは伝統的に食事の後、消化のために飲まれています。プラスチックか陶製のスプーンが好まれます。金属製のスプーンでは冷たすぎ、味わうのに邪魔になります。

 12年ものトラディショナル・バルサミコ・ビネガー

このビネガーは酸味が他のビネガーより強く、逆に甘味はほのかなものになっています。ビネガーに移っている木の風味を舌のいろいろな部分で感じることができます。リコッタ・チーズやモツァレラ・チーズなどのフレッシュ・チーズに特に合います。また、肉料理、魚料理にも加えてもよいでしょう。料理の最後に少量をかけるのがコツです。

 エクストラ・ビンテージ・24年ものトラディショナル・バルサミコ・ビネガー

この種のビネガーは、酸味は強くなく、その代わり甘味が増しますが、単純な、砂糖のような甘さではなく、複雑な奥行きの深い甘さとなります。ビャクシンのスパイーシーな味わい、桜の木の甘味などの木から染み出たタンニンがブレンドされたテイストとなります。ここまで年代を重ねると、パルメザンなどの熟成されたチーズによく合うようになります。また、イチゴやチョコレート、アイスクリームなどのデザートにも合います。

レッジォ・エミリアだけの28年ものビネガー

レッジョ・エミリアだけで生産・販売されている年代ものビネガー。ここまで年代を重ねるとビネガーでは酸味がほとんどなくなり、反面、木の風味と甘味がよりいっそう際立つようになります。まさに何層にも重なった複雑な「黒い蜜」の甘さとなります。ここまでのビンテージ・ビネガーになると、食後、すっきりとするための飲むのが一番です。

レッジョ・エミリア県はモデナに近いことから、トラディショナル・バルサミコ・ビネガーの産地としても知られていますが、モデナからレッジョ・エミリアに移り住んできた女性たちが持参金として持ち込んだバルサミコ・ビネガーが伝統継承の始まりです。

バルサミコ・ビネガー・ツアーではレッジョ・エミリアにある生産者を訪れ、この地方の3つの年代のビネガーを楽しんでいただきます。レッジョ・エミリアの伝統料理に興味がある方はここをクリックしてください。

 

パルミジャーノ・レッジャーノ工場ツアー

エミリア デリツィアがご提供するモデナ、パルマそしてレッジーノ・エミリアのパルメジャーノ・レッジャーノ・チーズを詳しく訪ねるツアー。ツアーは、できるだけ多く見学できるように、早朝に始まります。パルメジャーノ・チーズ工場見学での様子をお伝えできるように、写真を載せましたのでご覧ください。

パルメジャーノ・レッジャーノ・チーズの生産に使われる1000kgの牛乳

まず、工場に着いて目に付くのが、大きな桶に入った牛乳。この「大釜」に入っているのは1000kgもの脂肪分無調整の牛乳と脂肪分を半分にした牛乳を混ぜたものです。混合された牛乳は酸性化され、レンネットと呼ばれる酵素が加えられます。ここで、牛乳はヨーグルトのようになります。

このチーズは男の子と女の子の双子のようなものです。カットされ、ねかされているカード(凝乳)と呼ばれるものです。1000kgの牛乳から、およそ45kgのかたまりが2つできます。さらに熟成を重ねるうちに、減少を重ね最終的には約37kgまでになります。

2つのパルメザン・チーズのかたまり

そして、形が定まっていないチーズをテフロン製の型に入れられ、一昼一夜ねかされます。重石がチーズ職人によって注意深くチーズの上に置かれ、さらに、すべての水分を搾り出すため、型は数時間ごとにひっくり返されます。夕方になると、チーズを包んでいた布が取り外され、パルメジャーノ・レッジャーノとなるものは、型に収められます。ちなみに型に使用されているテフロンはそれまで手作りの木製の型に取って代わるものです。

ビデオでチーズが桶から型に収められるまでを紹介します。ツアー見学者はチーズが作られるまでの生産工程のすべてを間近でご覧になれます。

金属製の型に入ったチーズは、もう一日ねかされます。型はよく見るタイヤのようなチーズの形(チーズ・ホイール)になり、角を整えるなどの作業は不要になります。そして、その後チーズは常に木製の棚に収められ、呼吸をしながら熟成を重ねます。

チーズ・ホイールはその後、塩水に付けられ、3週間待ちます。この工程はハード・チーズを作る上での重要なポイントとなります。事実、塩分の高い塩水につけることによって、浸透圧を利用して残っている水分を取り除くのです。さらに重要なのは、パルメザン・チーズは防腐剤や発酵促進剤を含んでいないため、適度な水分を含む必要があることです。

ツアーの最後に訪れるのは、熟成庫です。ここで、パルメジャーノ・レッジャーノは最低でも12ヶ月貯蔵されます。このツアーが終わった後には、本物のパルメザン・チーズとそうでないものの違いが分かるようになり、また本物のチーズがいかに栄養的に優れているか知ることになります。

チーズはテフロン型で一日ねかされます。
パルメジャーノ・レッジャーノの熟成庫